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大阪地方裁判所 昭和49年(行ウ)70号 判決

原告 松下仙太郎

被告 国 ほか一名

訴訟代理人 吉川宣雄 佐野辰次郎

主文

原告の被告大阪府知事に対する訴えを却下する。

原告の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

原告は、「被告両名は原告に対し連帯して金四四〇四万〇八〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告両名の負担とする。」との判決及び仮執行の宜言を求めた。

被告大阪府知事(以下被告知事という。)は、主文第一、三項と同旨の判決を、被告国は主文第二、三項と同旨の判決及び原告勝訴の判決に仮執行宣言を付する場合は担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。

第二原告主張の請求原因

一  原告は、昭和一七年六月八日訴外大丸土地建物株式会社から、(1)大阪府南河内郡北八下村大字南花田四〇六番地の一、田三畝四歩、(2)同所四三七番地の一、田二畝九歩、(3)同所四三七番地の六、田九歩、(4)同所四三八番地の二、田二畝歩、合計二三二坪、実測三二五・三四坪(以下本件土地という。)を買受け、その所有権を取得したが、被告知事は、本件土地につき大阪府南河内郡北八下村農地委員会が自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条第一項第一号該当地として樹立した買収計画に基づき、昭和二三年三月二日付で買収処分をした上、昭和二六年七月一日付で訴外中尾健一に対する売渡処分をし、昭和二八年九月四日同人への所有権移転登記が経由された。

二  原告は、右買収処分について、(1)本件土地が宅地であつて農地ではないこと、(2)仮に農地であるとしても自作地であつて小作地ではないこと、(3)原告に対する買収令書の交付がなく、交付に代わる公告もその要件を欠いていること、なお昭和三八年一一月二日に原告に送達された同年九月二七日付買収令書によつては、公告の瑕疵を補正することはできないこと、を主張し、被告両名を相手方として大阪地方裁判所に買収処分無効確認請求訴訟(同庁昭和三一年(行)第七〇号の四事件)を提起したが、請求を棄却され、その判決は昭和四七年六月二〇日確定した。

三  右判決確定に伴い、被告両名は原告に対し本件土地の買収代金を支払う義務があるところ、今日に至るもその支払がない。右買収代金は時価金六五〇六万八〇〇〇円(坪当り金二〇万円)とすべきであるが、原告は内金として金三九〇四万〇八〇〇円(坪当り一二万円)を請求する。

四  本件土地の買収処分は、被告知事及び地区農地委員会の委員等が故意または重大な過失によつて、原告が前記訴訟で主張したとおり自創法により買収できない本件土地を買収対象地としたためになされた違法な処分であり、また被告らの怠慢による前記公告の瑕疵等により約二〇年間係争を余儀なくされて、原告は精神上多大の苦痛を被つた。これを慰謝するには金五〇〇万円を必要とする。

五  そこで、原告は被告両名に対し右合計金四四〇四万〇八〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日から完済に至るまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

第三被告知事の本案前の抗弁

一  自創法に基づく農地の買収は、国が行政主体となつて実施した国家事業であり、被告知事は同法の規定による権限を委任された限度で、国の機関として買収処分をしたのであつて、その効果はすべて国に帰属する。従つて、被告知事がした買収処分について抗告訴訟を提起する場合は格別、買収処分の効果として生ずる買収代金等の請求訴訟に関しては、被告知事は被告適格を有しない。

二  また被告知事は、行政主体のために意思判断を決定し、これを外部に表示するところの行政機関に過ぎず、その行為の効果はすべて権利主体たる行政主体に帰属するものである。従つて、原告主張の慰謝料の如き損害賠償請求訴訟については被告知事は被告適格がない。

三  以上の理由により、被告知事に対する本訴請求は不適法である。

第四被告国の請求原因に対する答弁及び抗弁

一  原告主張の第一、二項の事実は認める。

二  同第三、四項は争う。

三  被告国は、本件土地の買収代金七二六円四〇銭を昭和二五年三月三一日大阪法務局同年金第五二三九号により適法に供託しているから、原告主張の債務不履行はない。

第五証拠関係〈省略〉

理由

第一被告知事に対する訴えについて

原告は、被告国と並んで被告知事に対しても本件土地の買収代金と違法な買収処分による損害賠償としての慰謝料を請求している。しかし、自創法による農地買収は、自作農の創設維持のための国の事務に属し、都道府県知事は法律の委任により国の機関として買収処分を行うに過ぎず、買収の効果として農地の所有権を取得するのは国であり(同法第一二条第一項)、買収の対価の支払義務を負うのも国である(同法第一三条第一項)。また右のように国の事務として行われた買収処分が違法である場合に、国家賠償法によつて損害賠償責任を負担するのも、権利主体としての国であり、知事個人でもない被告知事がこのような責任を負うことはない。

従つて、被告知事は本訴における被告適格を有しないものであり、原告の被告知事に対する訴えは不適法といわなければならない。

第二被告国に対する請求について

一  原告主張の請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがない。なお、〈証拠省略〉によると、原告が被告両名を相手方として提起した本件買収処分の無効確認請求訴訟(大阪地方裁判所昭和三一年(行)第七〇号の四事件)については、昭和四一年一〇月二八日に請求棄却の判決があり、その後昭和四三年九月二七日に控訴棄却の判決が、昭和四七年六月二〇日に上告棄却の判決があつて、第一審判決が確定したことが認められる。

二  そこで、まず買収代金の請求について検討する。

本件土地の買収に伴い、被告国が原告に対し買収の対価の支払義務を負担したことは明らかであり、〈証拠省略〉によると、本件土地の買収の対価は金七二六円四〇銭であることが認められる。

しかし、〈証拠省略〉によると、被告国の機関である農林大臣は、民法第四九四条により、原告の現在住所が不明でありこれを

確知することができないことを供託原因として、昭和二五年三月三一日大阪法務局に対し、供託番号同年金第五二三九号をもつて右対価である金七二六円四〇銭を供託していることが認められる。

右供託の適否について考えるに、〈証拠省略〉によれば、本件買収処分については昭和二五年三月二五日付で買収令書の交付に代わる公告が行われたのであるが、前記訴訟の第一、二審判決では、右公告の適否に関し、「買収処分当時に少しく調査の労をとれば、原告の住所が容易に判明し買収令書の交付ができる状況にあつたものというべく、かかる場合は自創法九条一項但書の「農地の所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないとき」に当るものとして、公告をもつて令書の交付に代えることは許されず、右公告はその要件を欠いているかしがある。」との判断が示されている(ただし、昭和三八年一一月二日に原告に到達した同年九月二七日付の買収令書によつて公告の瑕疵が補正されたものと判断され、右判断は上告審でも是認されている。)ことが認められ、この判示からすると、右供託についても、直ちに受領不能または弁済者の過失なくして債権者を確知することができないという供託原因を欠いていると解される余地がないわけではない。しかし、〈証拠省略〉から窺われる前記訴訟の経過に鑑みると、原告としては当初から本件買収処分を不満とし、たとえ買収の対価につき現実に提供がされたとしても、恐らく受領を拒絶したであろうことが推認されるのであつて、その場合は受領拒絶を供託原因として供託することができるから、農林大臣としてはいずれにせよ供託の途をとるほかなかつたものというべきである。従つて、右供託は、供託原因を誤つていたに過ぎず、供託そのものは有効と解するのが相当である。

そうすると、右供託によつて被告国の買収対価支払義務は消滅するに至つたものといわなければならない。

なお、原告は時価による買収代金を請求するというが、買収の対価は自創法第六条第三項によつて定められているから、右主張はそれ自体失当である。

三  次に、原告は、違法な本件買収処分により被つた損害賠償として慰謝料を請求するというのであるが、前記のとおり原告が提起した本件買収処分の無効確認訴訟について請求棄却の判決が確定しており、本件買収処分が適法であつたことについて既判力が生じているから、後に提起した本訴において本件買収処分が違法であると主張することは許されないものというべきである。なお本件買収処分については、既述のようにその手続中買収令書の交付に代わる公告に補正を必要とする瑕疵のあつたことが窺われるところ、原告が長期間係争したとしてもそれが右瑕疵のためだけとは〈証拠省略〉からもいえず、他に特段の事情の認められない本件の場合、本件土地の買収そのものとは別に原告がこれら瑕疵による慰藉料請求権を有するとすることも相当でない。

そうすると、原告の慰藉料の請求もまた失当といわねばならない。

第三以上のとおり、原告の被告知事に対する請求は不適法であるから却下すべきであり、被告国に対する請求は理由がないから棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川正昭 青木敏行 塚原朋一)

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